経済的負担



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  1. カネのかからない趣味

    囲碁・将棋のたぐいは概ね「カネのかからない趣味」として(おおげさですが)社会的に認知されています。詰将棋の場合はどうでしょうか。
    何か雑誌を1ヶ月に1〜2冊買うとしましょう。懸賞解答を郵便で送ったら、切手が1〜2枚要るでしょうか(将棋雑誌では、Eメールで解答を受け付けているものは僅かなのです)。定型外郵便が必要になるには、かなり努力が必要です。それに加えて封筒、便箋なり罫紙なりに、鉛筆なりインクなり。消耗品はせいぜいこんなところです。将棋盤・駒があると便利ですが、これは1度買えばほぼ永久に使えます。「世間の常識」からみれば、1ヶ月に千円か2千円がいいところでしょう。これで一生遊べれば、非常に安上がりな趣味だといってよいのでしょう。多くの人にとって、以上の事は真実です。

  2. 度を超えた収集

    ただし、度を超えた一部の人には、上述の話はあてはまりません。
    たとえば、棋書収集もそのひとつです。詰将棋の本というのは、現在でもそれほどたくさんの需要があるわけではありません。必然的に刷られる数も少なくなります。高名プロ棋士の本でもおそらく同じでしょう。アマチュアの本なら当然、それ以下ということになり、よくて自費出版、悪ければ注文刷りです。一般書店に陳列されるなど夢の夢です。したがって、出版の情報をこまめにチェックしていないと入手も難しいのです。
    単行本の新刊ですらこれですから、古棋書に至っては推して知るべしです。明治から戦前にかけては、現在一般には知られていない(=廃刊になった)雑誌がありますし、江戸期にはいわゆる「献上本」がありました。この他にも「素人棋客」が残したものも数多くありますし、残存していないものもあるはずです。
    これらを揃えようとするだけでも大変なのですが、困ったことに(私はこの分野に興味がないので、こう書いてしまいますが)収集家の方たちは「本物」を欲しがる訳です(「献上本」のたぐいは、本物は国立公文書館や国会図書館などに保存されているハズですが)。
    印刷モノでない場合、「口伝」とか「筆写」に存在するであろう誤りや、著者の「直筆」からのみ判明する真実、といった点から、本物に価値があることは事実ですが、それは時として、経済的に個人の負担ではどうしようもないものであることも事実です。図書館を作ったらよろしいのでは、と思うくらい蔵書を持つ人もいます。
    (注:ここで仮定する人物はフィクションであり、実在の人物とは関係ありません)

  3. 度を超えた著作

    非常に良い詰将棋を作り続けても、発表できる数には限りがあります。これは日本全体で詰将棋を掲載しているメディアに限度があり、個々のメディアでは一定期間内に掲載される詰将棋の数に限度があるからです。大抵の場合、個人の努力ではどうしようもありません。出版社が単行本で引き受けてくれるということはありますが、詳しくはこちらで説明していますように、詰将棋の本として商業ベースに見合うことができるのは、一部の有名な作家やプロ将棋棋士に限られています。このため詰将棋作品集は、個人出版やそれに類する形態の出版が非常に多いのです。
    多くの詰将棋作家たちは、一生に一度は個人作品集を作りたいと考えているようです。これは売れる売れないはあまり関係ない、人生の記念碑的なものですね。
    しかし、より多く発表の場を得るための出版ということであれば、話が違います。こうした目的で個人出版を続ければ、その経済的負担は大変なものです。しかも大抵は、それらの本の多くは売れ残り、保管さえままなりません。

  4. 度を超えた交流

    詰将棋が趣味といっても、一人でやるのが普通です。東京詰将棋工房のような会合での交流は、まあ普通ではない楽しみ方でしょう。でも、これも度を超えると大変なことになります。
    普通は誰だって、地元の会合に出るだけです。頻度だって1ヶ月に1回か、それ未満でしょう。ところが、これが度を超えると、他地域の会合に出るようになります。他地域といっても大阪に住んでいる人が京都に行くようなものではありません。大阪に住んでいる人が、東京やら福岡(!)やら青森(!!!)に行くのです。これは正常ではありません。
    (注:実在の人物とは関係ありません)
    また、東京に住んでいるのに、名古屋の会合の常連になったりします。
    (注:実在の人物とは関係ありません)
    東京の会合で「あれ〜、今日は**さん、いないねえ」というような会話からは、**さんは東京の人だと思われるでしょうが、実は**県の人だったりするのです。
    (注:実在の人物とは関係ありません)
    ここまでハマると、経済的負担も並みじゃあありません。

  5. 度を超えた**

    ・・・もうこれ以上書くと完全に特定個人の話になるので、やめます(笑)。
    ひとつ言えることは、普通の人にとって詰将棋は、カネをかけずに長続きする趣味なのです。

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